リアル・オブ・ライフ

二つの故郷を持つ私:外国ルーツの若者が語るアイデンティティの探求と社会参加の壁

Tags: 多文化共生, 外国ルーツ, アイデンティティ, 社会参加, 若者

はじめに:見えない「壁」と二つのルーツ

日本社会の国際化が進む中で、外国にルーツを持つ人々、特にその次世代である若者たちが、多様な経験を積みながら生活しています。彼らの多くは、日本と親の出身国という二つの文化の間で育ち、独特の視点や価値観を持っています。しかし、その一方で、自身のアイデンティティの確立や、社会の中で「自分らしく」生きていく上での見えない壁に直面することも少なくありません。本稿では、ブラジルにルーツを持つ日系三世の山田エリカさん(仮名、24歳)の具体的な経験を通して、外国ルーツの若者が抱える課題と、そこから見えてくる多文化共生社会の現状について考察します。

日本とブラジルの間で揺れ動くアイデンティティ

エリカさんは、ブラジルで生まれ、7歳の時に家族と共に来日しました。幼少期をブラジルで過ごしたため、日本語を習得することから彼女の日本での生活は始まりました。

「小学校に入学した当初は、言葉が全く分からず、授業の内容も理解できませんでした。友達とのコミュニケーションも難しく、孤独を感じることが多かったです。先生は熱心にサポートしてくれましたが、学校に常駐する外国人児童生徒向けの日本語指導員は少なく、個別対応には限界がありました」とエリカさんは当時の困難を振り返ります。

彼女は家庭内ではポルトガル語、学校や社会では日本語を使う生活を続けました。この「二言語・二文化」の中で育つ経験は、彼女の強みであると同時に、アイデンティティの形成に複雑な影響を与えました。

「自分は日本人なのか、ブラジル人なのか、どちらのアイデンティティも完全にはフィットしない感覚が常にありました。日本では『外国人』として見られ、ブラジルに帰れば『日本人』と認識される。どちらのコミュニティにも属しきれない『中途半端』な存在だと感じていました」

こうした葛藤は、特に思春期に顕著になり、自己肯定感の低下や人間関係の構築における困難につながることがあります。文化的な背景や習慣の違いから、友人との会話についていけなかったり、学校行事の意味を理解しきれなかったりする経験は、エリカさんの心を閉ざす一因となりました。

社会参加を阻む見えない壁:教育と労働の現場で

エリカさんは、高校卒業後、専門学校に進学し、就職活動に臨みました。しかし、ここでも外国にルーツを持つことが、予期せぬ壁となって立ちはだかります。

「就職面接では、必ずと言っていいほど、ブラジルのことや、日本語の習得について質問されました。それは興味本位というよりも、『本当に日本社会でやっていけるのか』という疑念を含んでいるように感じられました。履歴書に書かれた氏名から、私のルーツを推測されることもありました」

エリカさんは、高い日本語能力を持ち、専門的なスキルも身につけていましたが、自身のルーツが面接官の先入観に繋がっているのではないかと感じたといいます。

これは、外国人材の雇用において、言語能力やスキルだけでなく、文化的な背景や適応能力が過度に重視され、それがかえって採用の障壁となるケースを示唆しています。企業側が多文化共生への理解や、多様な人材を受け入れる体制が十分に整っていない現状も背景にあると考えられます。

また、就職後も、職場での人間関係やキャリア形成において困難に直面することがあります。同僚との文化的な価値観の違いから生じるコミュニケーションギャップ、昇進・昇格における不公平感などが挙げられます。

「同僚との飲み会や会社のイベントでは、日本の文化的な慣習に合わせる必要があり、時に戸惑うこともありました。自分の意見を率直に言うことが、かえって反感を買うのではないかと心配し、言動を抑えることもありました」

このような経験は、外国ルーツの若者たちが、自身の能力を十分に発揮し、社会の中で活躍する機会を奪ってしまう可能性があります。

「生き様」と未来への展望:多文化共生社会への示唆

エリカさんは、数々の困難に直面しながらも、自身のルーツと向き合い、積極的に社会と関わろうと努力を続けています。

「以前は自分のルーツを隠そうとすることもあったのですが、今は二つの文化を持っていることが自分の強みだと捉えられるようになりました。ポルトガル語と日本語が使えること、そして両方の文化を知っていることで、多様な視点から物事を考えられるようになったと思います」

現在、エリカさんは自身の経験を活かし、外国ルーツの若者たちを支援する地域のNPO活動にボランティアとして参加しています。そこでは、彼女と同じような経験を持つ若者たちと出会い、共感し、支え合うことができる「居場所」を見つけました。

「私と同じように悩んでいる若者がいることを知り、一人ではないと感じることができました。彼らと共に、社会に対して私たちの声を届け、より良い社会を築いていきたいと強く思っています」

エリカさんの「生き様」は、個人の努力や適応能力だけでなく、社会全体が多文化共生への理解を深め、制度的な支援を強化する必要があることを示唆しています。例えば、外国人児童生徒への教育支援の充実、企業におけるダイバーシティ&インクルージョン教育の推進、外国ルーツを持つ人々が安心して相談できるコミュニティ支援体制の構築などが挙げられます。

結論:個人の声が示す社会の課題

山田エリカさんの物語は、統計データだけでは見えてこない、外国ルーツの若者たちが日本社会で経験する具体的な困難と、そこから生まれる葛藤、そして希望を鮮やかに映し出しています。彼女の「声」は、単なる個人的な経験に留まらず、日本社会が真の多文化共生社会へと進化するために解決すべき課題を明確に提示しています。

NPO職員の皆様が政策提言や広報活動を行う上で、エリカさんのような個人の体験談は、抽象的な議論に具体的なリアリティと説得力をもたらす貴重な情報源となるでしょう。社会の多様な声を掬い上げ、それを行政や企業、そして市民社会全体に届けることで、誰もが自分らしく生きられるインクルーシブな社会の実現に向けた具体的な一歩が踏み出されることを期待します。