リアル・オブ・ライフ

目に見えない病との共存:自己免疫疾患当事者が直面する社会制度の壁と日常の葛藤

Tags: 自己免疫疾患, 見えない障害, 社会包摂, 医療福祉制度, 当事者の声

はじめに:見えない病が投げかける社会への問い

社会には、外見からはその存在が分かりにくいながらも、当事者の生活の質(QOL)に深く影響を与える病気が数多く存在します。自己免疫疾患もその一つです。発熱、倦怠感、関節の痛み、臓器機能の低下など、多岐にわたる症状は日常生活を著しく困難にしますが、周囲からは「怠けている」と誤解されることも少なくありません。

このエッセイでは、自己免疫疾患を抱えながら社会の中で生きる当事者の声に耳を傾け、彼らが直面する具体的な困難、社会制度の課題、そしてそこから見えてくる「生き様」と社会への示唆について深く掘り下げていきます。私たちは、個人の体験が社会の構造的な問題とどのように結びついているのかを考察し、読者の皆様が具体的な活動の根拠として活用できる情報を提供することを目指します。

診断までの道のりと日々の葛藤:佐藤美咲さんの場合

都内で働く会社員、佐藤美咲さん(30代後半)は、数年前から原因不明の体調不良に悩まされていました。朝起きられないほどの倦怠感、全身の関節痛、微熱が続く日々。「気のせいではないか」「ストレスが原因だろう」と周囲からは言われ、内科、整形外科、心療内科と複数の医療機関を渡り歩くことになりました。検査結果は異常なしとされることが多く、精神的な負担は増すばかりでした。

「『どこも悪くない』と言われるたびに、自分が嘘をついているような気持ちになりました。でも、体は確かに辛いのです。何が原因なのか分からず、ただひたすら耐える毎日でした。」と、当時の苦悩を美咲さんは振り返ります。

ようやく自己免疫疾患の一種である全身性エリテマトーデス(SLE)と診断されたのは、発症から2年以上が経ってからのことでした。しかし、診断がついたからといって、全ての困難が解消されるわけではありません。ステロイド治療が始まり、症状の波に合わせた生活が求められるようになりました。

社会との軋轢:理解されない病のリアル

美咲さんは診断後も会社での仕事を続けていますが、体調の波によって仕事のパフォーマンスが安定しないことに葛藤を抱えています。

「朝、体が鉛のように重く、会社に行けない日もあります。無理をして出勤しても、集中力が続かず、途中で休憩を取ることも頻繁です。上司には病気のことを伝えていますが、やはり『見えない病気』への理解は難しいようです。『顔色は良いのに、どうしてそんなに疲れているの?』と言われることもあり、心無い言葉に傷つくこともあります。」

見た目には健康に見えるがゆえに、病気の症状が周囲に理解されにくいという問題は、自己免疫疾患の当事者が共通して直面する課題です。特に、疲れやすさや痛みが突発的に現れる性質は、周囲から「わがまま」や「怠け」と誤解される温床となります。美咲さんは、以前は頻繁に友人と旅行に出かけていましたが、体調の予測がつかないため、誘いを断ることが増え、人間関係にも変化があったと言います。

社会制度の狭間で:支援の手が届かない現実

自己免疫疾患の多くは指定難病に該当しますが、指定難病であっても、すべての当事者が公的な支援を受けられるわけではありません。例えば、難病医療費助成制度には重症度分類があり、症状が一定の基準を満たさなければ、医療費助成の対象にはなりません。また、障害者手帳の取得においても、外見上の判断基準が優先され、身体内部の機能障害が十分に評価されないケースも少なくありません。

「私の場合は、現在の症状では難病医療費助成の基準を満たしていません。医療費は毎月数万円かかり、経済的な負担は小さくありません。また、体調不良で仕事を休むこともありますが、欠勤が続けば評価にも響きます。障害者手帳の申請も考えましたが、現状の基準では難しいと聞き、途方に暮れています。」

美咲さんの言葉は、現在の社会制度が「見えない病」を抱える人々の実態に十分に寄り添えていない現実を示しています。統計データ上では「軽症」と分類されても、日常生活を送る上での困難は決して軽微なものではありません。特に、症状の波が大きい疾患では、体調が良い時の基準で判断され、支援から漏れてしまうケースが頻発しています。

困難を乗り越える「生き様」と未来への希望

美咲さんは、病気との共存の中で、多くのことを学び、新たな価値観を見出すようになりました。

「以前は完璧主義なところがありましたが、病気になってからは、自分の体と心に正直に向き合うことの大切さを知りました。無理をしない、休む勇気を持つこと。そして、病気をオープンにすることで、理解を示してくれる人との繋がりをより大切にできるようになりました。」

また、美咲さんは同じ病気を持つ当事者会に参加し、情報交換や精神的な支えを得る中で、「自分だけではない」という安心感を得ています。

「当事者会では、誰もが同じような経験をしていて、共感し合える喜びがあります。そこでは、病気について隠す必要もなく、ありのままの自分でいられます。この経験を通じて、自分の声を発信することの重要性を強く感じています。」

美咲さんの「生き様」は、困難な状況の中でも希望を見出し、自己受容を深め、さらには他者との繋がりを通じて社会への働きかけを模索する姿にあります。

社会への示唆とNPO活動への貢献

佐藤美咲さんの体験は、NPO職員である読者の皆様にとって、具体的な政策提言や広報活動の強力な根拠となり得るものです。

  1. 「見えない病」への理解促進と啓発活動の強化:

    • 自己免疫疾患やその他の見えない病が、当事者の生活に与える影響について、一般社会への啓発活動を強化する必要があります。見た目だけでは判断できない身体の不調があることを広く周知し、共感と理解を深めるための情報発信が求められます。
    • 企業向けの研修プログラムや情報提供を通じて、職場における多様な健康状態への配慮を促すことも重要です。
  2. 医療・福祉制度の見直しと柔軟な運用:

    • 難病医療費助成制度や障害者手帳の認定基準について、症状の「軽重」だけでなく、当事者の日常生活における「困難度」やQOLへの影響をより重視するよう、見直しを提言することが考えられます。
    • 特に、症状の波が大きい疾患に対しては、一時的な体調の良い状態だけで判断せず、継続的な支援が必要となる仕組みの構築が求められます。
  3. 当事者の声が届く仕組みの構築:

    • 当事者の具体的な体験談や意見を政策決定プロセスに反映させるためのプラットフォームや機会を増やすことが重要です。美咲さんのような個人の声は、統計データだけでは見えてこない制度の隙間や社会の課題を浮き彫りにします。
    • 当事者会やピアサポートグループの活動を支援し、当事者が孤立しないようなコミュニティ形成を後押しすることも、政策提言の基盤となります。

美咲さんのような当事者のリアルな声は、抽象的な議論に終始しがちな社会課題に、具体的な人間性と感情を与え、聞く者の心に深く響きます。この声に耳を傾け、社会全体で「見えない病」を抱える人々が安心して暮らせる社会を築くための具体的な行動を起こすことが、今、私たちに求められています。