数値化されない「生きづらさ」と「居場所」の探求：発達障害当事者が語る社会との軋轢と自己受容への道のり
見えざる「生きづらさ」の輪郭を掴む
社会には、表面からは認識されにくい、しかし確かに存在する「生きづらさ」を抱える人々がいます。その一つに、発達障害を持つ人々の体験があります。発達障害は、特性として神経発達の多様性によるものであり、その特性ゆえに社会の一般的な枠組みや期待と異なる反応や行動を示すことがあります。本記事では、発達障害の当事者であるAさんの具体的な体験を通して、数値や統計だけでは見えてこない社会のリアル、そして個人の「生き様」に迫ります。Aさんの語りは、NPO職員の皆様が、政策提言や広報活動において、当事者の声に基づいた説得力のあるメッセージを作成する上で、貴重な示唆を提供することでしょう。
幼少期から社会へ：特性がもたらす軋轢と葛藤
Aさんは幼少期から、周囲との「ずれ」を感じていたと語ります。「他の子が自然にできることが、私にはとても難しく感じられました。例えば、先生の指示が抽象的だと何をすればいいのかわからず固まってしまったり、集団での遊びのルールが理解できず孤立したりしました。」
学校生活では、暗黙の了解や非言語的なコミュニケーションの理解に苦しみ、誤解されることが少なくなかったといいます。これが自己肯定感の低下につながり、時には不登校の兆候も見られました。
社会に出てからも、その特性はAさんの前に立ちはだかりました。特に就職後、複数の業務を同時にこなすマルチタスク、優先順位の判断、職場の雑談のような非公式なコミュニケーションは、Aさんにとって大きな負担となりました。「会議中に多くの情報が一度に入ってくると、頭の中がパンクするようでした。言われたことを文字通り受け取ってしまうので、皮肉や冗談が理解できず、人間関係でつまずくことも頻繁でした。」
このような特性による困難に加え、周囲からの「努力が足りない」「もっと頑張ればできる」といった無理解な言葉にさらされ、Aさんは次第に心身のバランスを崩していきました。極度の疲労、不眠、食欲不振、抑うつ症状など、いわゆる「二次障害」を経験し、初めて専門医の診察を受けることを決意したのです。
診断がもたらした「理解」と、社会との断絶
Aさんは数か月にわたる診察と検査を経て、発達障害（ADHDとASDの特性を併せ持つ）と診断されました。この診断は、Aさんにとって複雑な感情をもたらしたといいます。「なぜ自分はこうなんだろう、という長年の疑問に一つの答えが出たことは、ある種の安堵でした。自分の苦しみが『怠け』や『わがまま』ではなかったと知った時、涙が止まりませんでした。」
しかし同時に、診断は社会との間に新たな壁を感じさせるものでもありました。診断名を得たことで、自身の特性を周囲に伝える努力を始めたAさんでしたが、職場で「合理的配慮」を求めることの難しさを痛感します。
「例えば、騒がしいオープンオフィスでの集中困難を訴え、パーテーションの設置や、集中ブースの利用を提案しました。しかし、『みんな同じ環境でやっている』『特別扱いできない』といった返答が多く、なかなか理解を得られませんでした。」
これは、発達障害に対する社会の認識が未だ不十分である現実を示しています。法律で「合理的配慮」が義務付けられていても、それが現場レベルで適切に実施されるための知識や理解が不足しているケースは少なくありません。また、外見からは見えにくい障害であるため、周囲にその困難さが伝わりにくく、「努力不足」や「わがまま」といった誤解や偏見が根強く残っていることも、当事者を苦しめる要因となっています。
Aさんの体験は、教育現場における早期発見・支援の重要性、そして企業や地域社会全体でインクルーシブな環境を構築していく必要性を浮き彫りにしています。個々の特性に合わせた支援がなければ、才能や可能性を持った人材が社会から排除されてしまう現状は、社会全体にとって大きな損失です。
「居場所」と自己受容：生きづらさの先に見出す希望
数々の困難に直面しながらも、Aさんは自身の「生き様」を模索し続けました。転機となったのは、発達障害の当事者会に参加したことでした。
「初めて当事者会に参加した時、自分の悩みが『自分だけのものではない』と知りました。そこで出会った人々は、私の特性をそのまま受け止めてくれ、私自身も彼らの特性を理解しようと努めました。そこには、これまで感じたことのない安心感がありました。」
Aさんは当事者会で、自身の特性について客観的に理解を深め、特性を活かすための具体的な工夫や、困難に直面した際の対処法を学びました。例えば、一度に多くの指示を受けると混乱するため、必ずメモを取る、重要事項はメールで送ってもらうよう依頼するといった実践的なスキルです。
また、Aさんは自身の特性が「悪いことばかりではない」という気づきを得たといいます。「私は細かい部分に気づきやすく、一度集中すると非常に高い精度で作業を進めることができます。このような強みを活かせる仕事や環境を見つけることで、自己肯定感が少しずつ回復していきました。」
現在は、自身の特性を理解し、その強みを活かせるフリーランスとして活動しながら、当事者会でのボランティア活動にも積極的に参加しています。Aさんが見出した「居場所」は、単に物理的な空間を指すだけではありません。それは、自身の存在が肯定され、安心して特性を開示できる心理的な安全圏であり、他者とのつながりの中で自己受容を深めることができる場所なのです。
個人の声が社会を変える力となる
Aさんの体験は、見えない「生きづらさ」を抱える人々が、いかに社会の既存のシステムと軋轢を生み、疲弊しているかを具体的に示しています。同時に、適切な理解と支援、そして何よりも「居場所」の存在が、個人の自己受容と社会参加への希望を育む上で不可欠であることを教えてくれます。
NPO職員の皆様が政策提言を行う際、Aさんのような具体的な声は、統計データだけでは伝えきれない「生きた情報」となります。例えば、以下のような提言が可能です。
- 教育・早期支援の強化: 幼少期からの発達特性への理解を深め、早期に適切な支援につなげるための体制整備。
- 職場における合理的配慮の浸透: 企業向けに発達障害の特性理解と合理的配慮の実践に関する研修を義務化し、雇用側の意識改革を促す政策。
- 多様な「居場所」の創出と支援: 当事者会やコミュニティスペースへの助成、相互支援の促進により、孤立を防ぎ、自己肯定感を育む場を増やすこと。
- 社会全体の意識啓発: 発達障害に関する正しい知識と、多様性を受け入れる社会の重要性について、広範囲にわたる啓発活動の展開。
Aさんの「生き様」は、困難な状況下でも希望を見出し、自身の可能性を追求する人間の強さを示しています。そして、その希望を社会全体で支えるためには、個人の声に耳を傾け、それを具体的な行動へとつなげる市民社会の力が不可欠です。私たちは、Aさんのような当事者の声を通じて、真に多様性を包摂する社会の実現に向けた一歩を踏み出すことができるでしょう。